【ダンガンロンパ】希望ってなんなんだろう。

さて、ダンガンロンパも間もなく終わりますが。

 

以前、絶望についての考えを書いた記事があります。 

hobbypie.hateblo.jp

 

 

ただ、希望についてはまだ考察していなかったので、

今回はそこを考えて行きたいと思います。

 

希望と希望のぶつかり合い、なんてすばらしいんだ!

 

彼ならきっとこういったでしょう。

 

さて、初手のタイトルにこれはどうなんだ?

 

と思ったけど、来編のテーマはまさしく来れな気がするのでタイトルにしましたw

 

だって、

 

こんな人狼ゲームが始まる前からあんなに険悪なムードだったんですもの。

始まったら始まったで、疑い合って戦っちゃうし。

 

でも、そうなんですよ。

希望と希望がぶつかる(戦う)ということは、

この時点で希望が2種類あるんですよ。

 

今回で言うと、

宗の「絶望は消す」と 天の「戦いは絶望しか生まない」

という考え方ですね。

 

この二人が考え方を折れない限り、永遠に平行線です。

分かり合うことが出来なければ、先に待っているのは自分の主張を通すための戦いです。

 

そこに生まれるのは希望ではありません「絶望」です。

 

じゃあ、この戦いに希望はないのか?

いいえ、モナカも言ってましたがこの戦いで勝つのは「希望」です。

 

だってそうでしょう?

戦ってるのは希望と希望なんですから。

 

実際の戦いって、このダンガンロンパ絶望の世界のように「希望VS絶望」ではないんですよ。

 

もしそういう構造が出来るとすれば、勝った方が希望で間違えた方が絶望。

それだけのシンプルな話なんですよね。

 

まえにこんな記事も書きましたが

 

hobbypie.hateblo.jp

 

ホントにそうだと思う。

 

だから、

希望と希望のぶつかり合いは、決してすばらし物ではないのだよ狛枝凪斗くん。

 

 

スポンサーリンク

 

 

洗脳ビデオで絶望した?じゃあ逆が希望だ!?

 

という結論になりましたね?

 

最初は、そんなのを作ったなら、もっと早く流してよと思ったのですが。

御手洗の話を聞いてるとそうでもない。

 

絶望には勝てないから、絶望の要因の怒りや悲しみを全部なくすと言った物でした。

 

うーん…それは希望なのかな。

 

希望と絶望は、表裏一体だと思うんですよ。

それを強く表してるのが狛枝君だと思います。

 

たしかに人は絶望に弱くて、勝てません。

でも、その気持ちを切り離しても、それは希望でも幸福でもないんです。

 

分かりやすい例を出しましょう。

 

たとえば、あなたは

「子供の頃学校でいじめられていたけど助けてくれた彼に惚れて結婚した」

 

という人生を歩んだとしましょう。

しかし、あなたはいじめのせいで対人恐怖症になり、彼以外人とコミュニケーションをとれずに困っていました。

 

そこであなたはつらい記憶を消せる技術があると知り、

記憶を消すことにしました。

 

見事にいじめの記憶だけを消すことに成功し、人と楽しく話せるようになりましたが、

いじめの記憶が消えたため、彼のことは覚えていても、

彼にいじめられていた時に助けてもらった記憶も当然消えてしまっています。

 

さて、これは希望ですか?絶望ですか?

 

 

 

まぁ、記憶の操作をする訳ではないので、話がちょっと変わるかもしれませんが。

 

でも、感情をなくすということはそういうことです。

 

絶望に耐えられないから、心や記憶を捨ててしまおうなんて、全く持って意味がない!!!

それは希望なんかじゃありません。

 

ただの心が空っぽ、虚無になっただけです。

 

だから、たぶん希望のビデオは、希望ではないかなと思います。

 

じゃあ希望になるためにはどうするの?

 

というと…

 

狛枝の言うことみたいなんですけど

前を向いて、未来を信じて絶望を乗り越えるしかないんですよ。

 

たぶん希望ってそういう物なんじゃないかな?

って私は思います。